燐鉱石の島からサトウキビの島へ

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あそこに見えるのは南大東島です。西港近く、燐鉱石の採掘作業後が残っています。大東諸島は今から約200年前にロシア艦船によって発見されました。艦船の名にちなんで「ボロジノ諸島」と名ずけれたました。

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明治時代になり、絶海の孤島に八丈島出身の開拓者「玉置半右衛門」がはじめて島に入りました。明治33年に南大東島、その3年後の明治36年に北大東島に上陸したと言われています。

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明治43年、玉置商会が階段式の露天掘り採掘事業を開始しましたが、軌道に乗せることができずに翌年に廃止することになりました。大正8年には、玉置商会から北大東島の経営権を受け継いでいた東洋製糖株式会社が燐鉱石採掘事業を再開させました。

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第一次世界大戦により燐鉱石の価格が暴騰したことから、アルミナ鉄をの含有量が多く含まれていた北大東島燐鉱石は、肥料や火薬の元となる製燐の原料の他、戦闘機を作るアルミの原料に適していたことから採掘事業は活気を帯びていました。最盛期には台湾などからの出稼ぎで島の人口は約4,000人もいたそうです。

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昭和21年には、米軍政府により大日本製糖(昭和2年、東洋製糖は大日本製糖に合併)から南・北大東島が接収され、同年には開拓以降はじめて村制が施行されました。

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昭和25年には閉山。その後は、甘蔗農業が本格化し、燐鉱の島は「サトウキビの島」へ転換していきました。

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島の歴史については、村が運営する北大東村人材交流センター・民族資料館で調べることができます。ハマユウ荘から徒歩5分圏内にありますので是非、行ってみてください。

 

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【北大東島に関する情報】
・北大東村公式HP
・おくなわ
http://www.okunawa.jp
・おくなわFacebookページ
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・北大東村村政要覧

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